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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)170号 判決

主文

特許庁が昭和六一年審判第二二五六五号事件について平成四年六月一八日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

理由

第一  申立て

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

主位的に、「本件訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」、予備的に、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

原告は、名称を「磁気治療器」とする考案について、訴外日本電磁波治療研究所(以下「訴外研究所」という。)と共に、昭和五八年一一月一八日、実用新案登録出願をしたところ、同六一年九月五日、拒絶査定を受けたので、同年一一月一三日、審判請求をしたところ、特許庁は、この請求を昭和六一年審判第二二五六五号事件として審理した結果、平成四年六月一八日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。なお、訴外研究所は、昭和六三年一二月二〇日、社員総会の決議により解散し、平成二年一月三一日清算を結了して、その旨の登記を了している。

二  本案前の争点

(1) 本件訴えの適法性に関する原告の主張

前記のとおり、訴外研究所は既に解散し、その旨の登記を了しており、もはやその実体はない。ところで、拒絶査定に対する審判については、特許法一三二条三項が特許を受ける権利が共有に係る場合には、共有者全員が共同して審判を請求することを要する旨規定しているところであるが、審決に対する訴えについては、かかる趣旨の規定はない。そうすると、かかる場合の原告適格については、行政事件訴訟法の解釈として、当該行政処分の取消しにより回復すべき法律上の利益を有する者であれば、それが権利の共有者の一部の者であつても「保存行為」として、当該権利に関する行政処分の取消しを求めることが許されるものと解すべきである。

仮に、権利者全員について合一に確定すべき要請があるとしても、本件についてみると、前記のように、既に訴外研究所は存在せず、その実体はないのであるから、前記の要請は働かず、訴外研究所に不当な結果をもたらすことはない。そして、本件のような場合にも、訴外研究所と共に訴えを提起することを要するとするならば、既に実体のない訴外研究所と共同して訴えを提起するほかなくなるが、このようなことは不可能であり、原告の権利を防衛する途が閉ざされてしまうこととなり、裁判を受ける権利を保障した憲法三二条にも抵触する結果となる。

(2) 被告の反論

実用新案登録を受ける権利の共有者がその共有に係る権利を目的とする実用新案登録出願について共同して拒絶査定不服の審判を請求し、これについて請求が成り立たない旨の審決を受け、その審決の取消しを求める訴えは、このような審決取消しの訴えにおいて審決を取り消すか否かは上記権利を有する者全員について合一にのみ確定すべきものであるから、共有者が全員で提起することを要するものと解すべきである。

なるほど、訴外研究所については、解散決議がされ、その旨の登記も了されているところであるが、本件においては、出訴期間が満了するまでの間に、特許法三四条四項に基づく権利承継の届出もないのであるから、原告は単独で本件考案について実用新案登録を受ける権利を有するものではない。

したがつて、本件訴えは、原告適格を欠くものであるから、不適法である。

三  本案の争点に関する原告主張

(1) 本願考案の要旨

「ソレノイド二個を一組としてその磁極面が取付ボックスにおける人体密着面側と一致する状態に取付ボックス内に並設して磁界発生器を構成し、取付ボックスの一側に間隔をあけて耳部を形成するとともに両耳部の相対する内側に透孔を設け、取付ボックスの他側には両側に突軸を設けた連結突部を形成し、該取付ボックスの連結突部における突軸を隣接する取付ボックスの前記耳部における透孔に嵌合することにより、複数個の取付ボックスを該取付ボックス内の二個のソレノイドの並設方向と直交する方向に相互に屈曲自在に連結し、かつこれらのソレノイドによる発生磁界の極性が隣合う磁極同士で相異なるように、各ソレノイドに交流を印加する電気回路を形成したことを特徴とする磁気治療器。」(別紙図面一参照)

(2) 審決の理由の要点

(a) 本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(b) 引用例A(昭和七年実用新案出願公告第一八五三九号公報、別紙図面二参照)には、「両端に磁界を発生させるべく抵抗線を捲収した鉄管を複数本、可撓性を有する織布上に並列に装定してなる電磁治療器。」が、同B(特公昭三八-二四一四〇号公報、同図面三参照)には、「治療用の磁気バンドにおいて、磁界の極性が隣合う磁極同士で相異なるようにする」点が、同C(特開昭五三-一四八一九一号公報、同図面四参照)には、「一対のコ状鋼板重合体の先端部を一体に直列に連絡したソレノイドに、交流を印加して電磁波治療器とする」点がそれぞれ記載されている。

(c) 本願考案と引用考案Aを対比すると、引用考案Aは磁気治療器であるから、当然、磁極面を人体密着面側とするものであり、また、引用例Aに記載の「抵抗線を捲収した鉄管」、「電磁治療器」は、それぞれ本願考案の「磁界発生器」、「磁気治療器」に相当するから、両考案は、「磁界発生器を複数有し、各磁界発生器の二つの磁極の並設方向と直交する方向に屈曲自在な磁気治療器。」(磁極面を人体密着面側とする点を含む。)である点で一致する。

これに対し、交流を印加する電気回路に接続するソレノイドによつて、極性が、隣合う磁極同士で相異なるように、磁界を発生させる点(相違点〈1〉)、磁界発生器を取付ボックス内に収容する点(相違点〈2〉)、取付ボックスの一側に間隔をあけて耳部を形成するとともに両耳部の相対する内側に透孔を設け、取付ボックスの他側には両側に軸を設けた連結突部を形成し、取付ボックスの連結突部における突軸を隣接する取付ボックスの前記耳部における透孔に嵌合することにより連結して、屈曲自在にした点(相違点〈3〉)、でそれぞれ相違する。

(d) 相違点〈1〉は、引用例B、Cに示されているように、各技術が当分野において従来から知られたものである以上、これを引用考案Aに単に適用する程度のことは、当業者がきわめて容易になし得ることである。

同〈2〉は、「磁界発生器をボックス内に収める」というこの分野における従来周知の手段を単に採用したにすぎない程度のものである。

同〈3〉は、部材と部材とを相互に屈曲可能に連結する場合に、一方の部材の耳部に設けた透孔と他方の部材連結突部の突軸とを嵌合連結することは、従来からの周知手段であるから、複数個の並列の磁界発生器の配列を、本願考案における前記耳部と連結突部とを用いて行う程度のことは、該周知手段を知る当業者がきわめて容易になし得るところのものである。

そして、本願考案において、これらを組み合わせたことによる格別の作用効果も、別段著しいものがあるとは認められない。

(e) よつて、本願考案は、実用新案法(以下「法」という。)三条二項により実用新案登録を受けることができない。

(3) 審決の取消事由

審決の理由の要点(a)は認める。同(b)のうち、引用例Bについては争うが、その余は認める。同(c)のうち、引用考案Aが磁極面を人体密着面側とするものであるとする点、同考案の「抵抗線を捲収した鉄管」が本願考案の「磁界発生器」に相当するとする点、及び、一致点の認定は争うが、その余は認める。同(d)、(e)は争う。

審決は、本願考案の理解を誤り、引用考案Aとの一致点を誤認して相違点を看過し、各相違点の判断を誤り、本願考案の顕著な作用効果を看過して、その進歩性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(a) 一致点の誤認(取消事由1)

審決は、引用考案Aは、磁極面を人体密着面側とするとし、この点において本願考案と一致すると認定しているが、誤りである。すなわち、同考案においては、磁極面は鉄管の端面に現れることは電磁気学の右ねじの法則から明らかであるから、これを人体に装着した場合には、磁極面は人体密着面側へは向かず、前記一致点の認定は誤つている。引用考案Aにおいて被告が主張するように、鉄管の周辺部にも磁界が生ずることは認めるが、かかる磁界は磁極面以外の面から発生したいわば「漏れ磁界」というべきもので、その周面を本願考案にいう「磁極面」などということは到底できない。

また、審決は、「抵抗線を捲収した鉄管」が本願考案の「磁界発生器」に相当するとするが、本願考案の「磁界発生器」はソレノイド二個を一組として磁極面が人体密着面側と一致するように取付ボックス内に並設したものであるのに対し、「抵抗線を捲収した鉄管」はかかる構成を具備していないから、前記認定は誤つており、ひいては、両考案が「磁界発生器を複数有し、各磁界発生器の二つの磁極の並設方向と直交する方向に屈曲自在な磁気治療器」である点において一致するとした審決の判断は誤つている。

(b) 相違点〈1〉の判断の誤り(取消事由2)

引用例B、Cには、極性が隣合う磁極同士で相異なるように磁界を発生させる点について何ら記載されていないのであるから、これらの引用例から相違点〈1〉に係る構成を示唆されるものではなく、審決のこの点に関する判断は誤つている。また、本願考案においては、ソレノイドによる発生磁界の極性が隣合う磁極同士で相異なるように、各ソレノイドに交流を印加する電気回路を形成するというものであるところ、引用例Bにはそのような電気回路を構成するということは全く記載されていないし、引用例Cにも、単にソレノイドにより磁界を発生させるということが記載されているのみで、そのような電気回路を形成する点についてはどこにも記載がないのである。したがつて、引用例B、Cを引用例Aに適用しても、本願考案の構成は得られず、審決の相違点〈1〉に対する判断は誤つている。

(c) 相違点〈2〉の判断の誤り(取消事由3)

本願考案における磁界発生器とは、ソレノイド二個を一組としてその磁極面が取付ボックスにおける人体密着面側と一致する状態に取付ボックス内に並設したものであるところ、審決のいう「磁界発生器」がソレノイドを指すとしても、これを取付ボックス内に収める点については周知とはいえないから、審決の相違点〈2〉についての判断は誤つている。

(d) 相違点〈3〉の判断の誤り(取消事由4)

相違点〈3〉に係る本願考案の構成は何ら周知ということはできないから、審決の相違点〈3〉に関する判断は誤つている。

(e) 顕著な作用効果の看過(取消事由5)

本願考案は、ア 複数の磁界発生器を屈曲自在に連結したもので、体型に合わせ磁気治療器を自由に装着することができる、イ 磁界発生器を互いに連結する構造として、耳部と連結突部を取付ボックスに一体に形成し、これらの部分に設けた透孔と突軸との嵌合により屈曲自在に連結するようにしたので、他の連結部材を必要とせず、部品点数を削減することができる、ウ ソレノイドの磁極が人体側に配置されており、隣合う磁極で極性が相異なるように磁界を発生させるようにしているため、人体に対して深く磁界が作用し、十分な施療面積と共に治療効果を増大することができる、との効果を奏するもので、これらの効果は、各引用例からも得られないものであるから、審決は本願考案の顕著な作用効果を看過したものである。

四  本案の争点に関する原告主張に対する認否及び反論

(1) 本案の争点に関する原告主張に対する認否

本案の争点に関する原告主張(1)及び(2)は認めるが、同(3)は争う。審決の認定判断は正当である。

(2) 反論

(a) 取消事由1について

通電されたソレノイドに発生する磁極面は、強弱はあるものの、巻線の中心軸と直交する両端面のみならず、該端面付近の周面にも発生するのであり、それ故に、引用考案Aが磁気治療器具たり得るのであり、したがつて、審決の磁極面を人体密着面側とする点において引用例Aと本願考案は一致するとした認定に誤りはない。

(b) 取消事由2について

引用例Bにおける環状に配列された磁石の個々は、人体への装着面側である片面にのみ着磁したものであり、かつ、その極性は集合体を構成した際の環状の内側が「N極」、外側が「S極」であつて、正に「極性が隣合う磁極同士で相異なつている。」すなわち、審決における引用例Bの認定は、環状に配列された複数の磁石の集合体にのみ拘泥することなく、該集合体を構成する個々の磁石という観点からもみたということができるものである。してみると、「交流を印加する電気回路に接続するソレノイドによつて、極性が、隣合う磁極同士で相異なるように、磁界を発生させる点」という相違点〈1〉のうち、「極性が、隣合う磁極同士で相異なるように(する)」ことが引用例Bに、また、「交流を印加する電気回路に接続するソレノイドによつて、磁界を発生させる」ことが引用例Cにそれぞれ示されているから、これを引用例Aに適用する程度のことは、当業者がきわめて容易になし得ることであり、審決の相違点〈1〉に対する判断に誤りはない。

(c) 取消事由3について

審決が「磁界発生器を取付ボックス内に収容する点」とした点は、本願考案では、正確には「ソレノイドを取付ボックス内に収容する点」とすべきであることは原告の主張するとおりである。審決は、「ソレノイド」は磁界を発生する装置の一つとして用いられ、それ自体を「磁界発生器」と称することも多いことから、本願考案では明確に区別されている「ソレノイド」と「磁界発生器」を審決では同一視したものであつて、引用例A記載の「抵抗線を捲収した鉄管」に相当するものは、正しくは、本願考案では「二個を一組」とした「ソレノイド」である。

しかしながら、審決は、上記のような理由から本来「ソレノイド」と称すべきところを「磁界発生器」と称しただけのものであり、該「磁界発生器」は本願考案の「磁界発生器」とは別の意味である。

そして、「磁界発生器」、あるいは「ソレノイド」を引用例Bに記載されたもののように露出させることも、容器に収めることも、磁気治療具において周知の手段にすぎず、該周知の手段のいずれか一方を採用することに何らの困難性も認められない。したがつて、相違点〈2〉の判断には実質的な誤りはない。

(d) 取消事由4について

体型に合わせて自由に人体に装着できて必要な施療面積を確保し得る屈曲自在な磁気治療具は、引用例A及びBにみられるとおり従来から周知のものである。そして、そのための屈曲手段としての上記のような部材相互の連結手段は、同じく人体に装着して用いる物品の分野においては、腕時計のバンド等で古くから広く知られているものであり、該手段を磁気治療具に採用することに何らの困難性も認められないから、審決の判断に誤りはない。

(e) 取消事由5について

本願考案の効果についても、これまで述べたように、本願考案の構成要件はすべて引用例AないしCに記載されたもの及び周知手段であるから、それから生ずる効果も予期し得るものであり、審決に顕著な効果を看過した誤りはない。

五  証拠関係は書証目録記載のとおりである。

第三  争点に対する判断

一  本案前の主張に対する判断

当事者間に争いのない前記の事実によれば、本訴は、共同出願に係る考案の拒絶査定を維持した審決に対し、共同出願人の一人が提起した審決の取消訴訟である。

そこで、上記形態の審決取消訴訟の原告適格について検討する。本願考案に係る実用新案権の登録を受ける権利は、前記の争いない事実によれば、原告と訴外研究所の共有関係にあるものと解される(なお、原告が訴外研究所から本件実用新案登録受ける権利を譲り受けたとしても、特許庁長官に対するその旨の届出が適法になされたことの立証のない本件においては、いまだ前記のような法律関係にあるものとして取り扱うこととなる。)。

そこでまず、共有に係る実用新案登録を受ける権利における共有の性格について検討する。法は、実用新案登録を受ける権利が共有関係にある場合には他の共有者の同意を得ることなしに持分の譲渡を禁止する旨規定する(法九条二項によつて準用される特許法三三条三項)が、他にこの共有関係の性格を直接明らかにした規定は存しない。しかし、共有に係る実用新案登録を受ける権利は、共有に係る実用新案権の基盤をなす権利であることからすると、その性質に反しない限り、共有に係る実用新案権における共有の性格に準じて考えることができるものと考えられるので、以下、共有に係る実用新案権における共有の性格についてみるに、法は、実用新案権が共有関係にある場合には、他の共有者の同意を得ることなく、その持分を譲渡し、又は質権を設定すること並びに専用実施権を設定し、又は通常実施権の許諾をすることがそれぞれできない旨規定している(法二六条によつて準用される特許法七三条一項、三項)。これによれば、法は、共有に係る実用新案権について、民法の規定する個人主義的な共有とは異なる制約を課しているものということができる。しかし、法は、上記のような制約を課する反面、共有者は、原則として、他の共有者の同意を得ることなく当該実用新案権を実施することができ(法二六条によつて準用される特許法七三条二項)、また、実用新案権の金銭による分割を予定しており(実用新案登録令七条によつて準用される特許登録令三三条二項)、さらに実用新案権の共有関係の成立に共同の目的の存在を要件としていないのである。

そこで、以上のような法の規定の仕方を踏まえ、法が、共有に係る実用新案権に対し、前記のような制約を課した根拠について考察するに、実用新案権は、技術思想という技術上の観念の所産を権利の対象とするものであるため、その利用に占有を観念する余地がなく、持分に応じた利用が考えられず、特約がない限り、各共有者は自己の持分に係わりなくそれぞれ独自に実用新案権の全てを実施することが可能であるという特質がある。このため、共有者の一部の者が行う実施、あるいはその前提となる持分の譲渡等の行為は、他の共有者の経済的な利益に重大な影響を生ずるおそれがあることから、持分の譲渡あるいは専用実施権の設定等の前記の各行為を各共有者が単独でなし得るとすることは妥当ではなく、他の共有者の利益保護の観点から、その同意を必要としたものと解される。他方、法は、前記のように、実用新案権の金銭による分割を予定し、共同の目的を共有関係成立の要件としていないことに照らすと、前記の諸制約を共有者間における共同の目的の存在に基づいて説明することは困難といわざるを得ないというべきである。

そうすると、共有に係る実用新案権の共有の実体的な性格は、民法の定める共有であると解すべきであり、これを合有と解する根拠はないというべきである。

そして、以上の共有に係る実用新案権の共有関係の性格は、実用新案登録を受ける権利の共有についても基本的に妥当するものであり、前記の共有に係る実用新案登録を受ける権利の持分の譲渡に関する制約も前述した実用新案権の場合と同様の理由によるものであるから、共有に係る実用新案登録を受ける権利の共有関係の本質も、民法上の共有であると解するのが相当である。

したがつて、共有に係る実用新案登録を受ける権利の共有の性格が合有関係であることを理由に、共有者の一部の者が提起した審決取消訴訟を固有必要的共同訴訟であると解する根拠はないというべきである。

次に、法は実用新案登録を受ける権利が共有関係にある場合について、その出願は共同で行うものとし(法九条によつて準用される特許法三八条)、また、拒絶査定に対する審判請求は、共有者の全員が共同して請求しなければならないと定めている(法四一条によつて準用される特許法一三二条三項)ので、以下、かかる観点から前記の共有者の一部の者が提起した審決取消訴訟が固有必要的共同訴訟に当たるといえるか否かについて検討する。

前記の各規定によると、法は、登録出願から審決に至る手続段階は、実用新案権付与の可否を決定する権利生成の手続過程であるから、その基礎となる実用新案登録を受ける権利が共有関係にある場合において、前記の権利付与の可否の判断が共有者によつて区々になることはおよそ許されず、共有者間の権利関係の合一確定の要請を満足するために、前記のような審理手続を採用したものであつて、かかる審判手続は、いわゆる講学上の固有必要的共同審判手続に当たるものと解される。

ところで、審決取消訴訟は、特許庁がした審決の適否を判断するものであるから、実用新案登録を受ける権利の共有者間において、審決取消訴訟の判断が合一に確定されるならば、権利付与の可否の判断もまた合一に確定されることが担保される関係にあり、これが望ましいことはいうまでもないことである。しかしながら、審決取消訴訟は、実用新案権等の付与の可否を直接に決する手続ではなく、前記のように、審決の適否の判断を通じて権利付与の可否の判断の適否を間接的に統制する制度であることからすると、共有者間における権利付与の可否についての合一確定の要請から、直ちに、共有に係る実用新案登録を受ける権利の共有者の一部の者が提起した審決取消訴訟も固有必要的共同訴訟でなければならないと即断するのは早計というべきであり、共有者の一部の者の原告適格を肯定した場合、権利付与の可否の判断が区々に分かれるか否かについて更に具体的に検討する必要があるというべきである。そこで、以下、この点を検討するに、まず、共有者の一部の者が提起した審決取消訴訟において、請求が棄却され、これが確定した場合には、審決は確定し(前記の固有必要的審判手続からすると、共有者の一人が審決取消訴訟を提起した場合には、審決の確定遮断の効力が訴訟を提起していない共有者にも及ぶと解される。)、反対に、請求が認容され、これが確定した場合には、審決取消判決の効果は他の共有者にも及ぶ(行政事件訴訟法三二条一項)から、手続は審判請求段階に戻り(もとより、他の共有者も審判請求人の地位に立つ。)、再び、審判請求に対する審理が続行されることになると解される。そうすると、共有に係る実用新案登録を受ける権利の共有者の一部の者に原告適格を肯定した場合においても、共有者間において権利付与の可否についての判断が区々になる事態が生ずることはないというべきである。なお、共有者が別々に審決取消訴訟を提起する場合も理論上考えられないではないが、かかる場合には、合一確定の要請から類似必要的共同訴訟になるものと解すべきであるから、この場合にも、判断の統一は担保されているものである。

以上によれば、実用新案登録を受ける権利の共有者間の合一確定の要請の点からみても、共有に係る実用新案登録を受ける権利の共有者の一部の者が提起した審決取消訴訟を固有必要的共同訴訟と解する根拠はないというべきである。

そして、実用新案登録出願に対する拒絶査定及びこれを維持する審決は、実用新案登録を受ける権利の実現を阻害するという意味で妨害行為に当たると解することができるから、共有者の一部の者がかかる妨害行為を排除するために審決取消訴訟を提起する行為は、実用新案登録を受ける権利の保存行為(民法二五二条ただし書)に当たると解することが可能であり、このように解したとしても、前記の共有関係にある実用新案権の特質に基づく制約に抵触するものでないことは明らかであるし、また、共有関係にある実用新案登録を受ける権利の合一確定の要請からみても、何らの不都合を生ずるものではないというべきであつて、かかる場合の原告適格を否定するに足りる理由を見いだすことはできない。(なお、組合財産について、組合員単独の登記抹消請求を適法としている最高裁昭和三三年七月二二日第三小法廷判決・民集一二巻一二号一八〇五頁参照)。

かえつて、以上のように解さない場合には、共有者の一人が審決取消訴訟の提起に反対した場合には、他の共有者は権利の実現を図ることを封じられるという看過し難い不合理な結果を回避できない上、審決取消訴訟については出訴期間の制限があることも考慮すると、かかる見解は権利救済の途を不必要に制限するものであつて、到底、採用できるものではない。なお、上記の帰結は、既に説示したとおり、共有に係る実用新案登録を受ける権利における共有の性質及び審判手続と審決取消訴訟手続の救済手段としての役割の違いによるものであるから、共有者の一人が審決取消訴訟の提起に反対した場合における他の共有者の原告適格の問題と、実用新案登録を受ける権利が共有者の一部の者に譲渡されたが、特許庁長官に対するその旨の適法な届出がなかつた場合における該譲受人の原告適格の問題を区別して扱う理由がないことは当然である。

よつて、本件訴えは、共有に係る実用新案登録を受ける権利の共有者の一人が提起したものであるから、原告適格の具備について欠けるところはなく、他に本訴を不適法とする理由はない。

二  本案についての判断

(1) 本願考案の概要は、以下のとおりであると認められる。いずれも成立に争いのない甲第五号証の一(本願考案の実用新案登録願添付の図面)、同号証の二(昭和六〇年二月九日付け手続補正書)及び同号証の四(昭和六一年一二月一二日付け手続補正書、以下、一括して「本願明細書」という。)によれば、本願考案は、臨床上磁束密度が強く、かつ、広域にわたつて磁界を発生することができる磁気治療器に関する考案である。従来の磁気治療器が施療面積が狭く、施療部位上を頻繁に移動しなければならないなどの欠点があつたことから、かかる欠点を解消し、一度で十分な施療面積を確保し、かつ、人体の深部にまで磁界を作用させることのできる磁気治療器を提供するために前記要旨記載の構成を採択したものである。

(2) 取消事由1について

まず、審決の一致点に関する認定についてみるに、当事者間に争いのない前記審決の理由の要点によれば、審決は、本願考案と引用考案Aは、磁極面を人体密着面側とする点において一致するとしていることは明らかである。そこで、当事者間に争いのない本願考案の要旨にいうところの「磁極面」の意義について検討するに、前記の本願考案の要旨中の、「ソレノイド二個を一組としてその磁極面が取付ボックスにおける人体密着面側と一致する状態に取付ボックス内に並設して磁界発生器を構成(する)」との構成によれば、本願考案においては、磁極面を人体密着側と限定していることは明らかである。

ところで、被告は、引用考案Aに関して、磁極面は巻線の中心軸と直交する両端面のみではなく、該端面の周辺にも発生すると主張するところ、原告もその強弱の程度は別として、被告主張の部位に磁界が発生すること自体は争わないところであり、このことからすると、本願考案においても、人体密着面側のみならず、これと直交する側面にも磁界が発生するであろうことは容易に推測可能というべきである。しかし、棒状磁石においてその磁力の最も強い箇所はその両端であり、ここを一般に「磁界」というのであるから(培風館発行「物理学辞典」八一六、七頁、岩波書店発行「理化学辞典」五三五、五三六頁)、本願考案にいうところの「磁極面」とは、その両端を含む面、すなわち端面を指すものと解すべきである。このことは、当事者にとつて明らかなところであつて、被告主張のような磁界が発生する側面は本願考案にいうところの「磁極面」に当たらないものというべきである。この点について、念のために、本願明細書の考案の詳細な説明に即して、「磁極面」の意義を検討すると、本願明細書によれば、本願考案は、「人体の深部にまで磁界を作用させることのできる磁気治療器を提供する」(三頁八行ないし一〇行)、「ソレノイド11、12は、第三図においては上下方向に磁界が発生するように配置され、したがつて取付ボックス14の人体密着面側に一方の磁極が位置することになる。」(四頁一六行ないし二〇行)、「ソレノイドの磁極が人体側に配置されており、隣合う磁極で極性が異なるように磁界を発生させるようにしているため、人体に対して深く磁界が作用し、十分な施療面積と共に治療効果を増大することができる。」(七頁一行ないし五行)等の各記載が認められる。これらの各記載によれば、本願考案において、「磁極面」を「人体密着面側」と限定した技術的意義は、磁界が人体に深く作用することにより、治療効果を上げる点にあることは明らかであり、かかる趣旨から前記のとおり「磁極面を人体密着面側」と限定したものと解されることは明らかというべきである。そうすると、前記要旨にいうところの「磁極面」とは、最も強い「磁極面」、すなわち磁極を含む端面を意味するものと解するのが合理的というべきである。

そこで、引用考案Aをみるに、同考案において、最も強い磁極面が巻線の中心軸と直交する両端面であることは弁論の全趣旨により認めることができるから、同考案においては、本願考案にいうところの「磁極面」の向きが「人体密着面側」を向いておらず、この点において本願考案の構成と異なることは明らかというべきである。そうすると、審決は、本願考案の要旨にいう「磁極面」の技術的な解釈を誤り、引用考案Aとの一致点を誤認したものといわざるを得ない。

(3) したがつて、審決は、本願考案と引用考案Aの一致点を誤認し、相違点を看過したものであるから、その余の取消事由について検討するまでもなく、違法として取消しを免れない。

三  よつて、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 浜崎浩一 裁判官 田中信義)

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